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『前任者に聞いて』――。この記事では、ビジネスの現場で起きるこの現象の裏にある「OSのバグ」を、アーキテクトの視点で解剖します。
よくある場面
誰にでも、家の中に「マイルール」があります。食洗機の皿は、必ず奥から大きい順に並べる。タオルは三つ折りにしてから丸める。玄関の靴は、つま先を外に向けてそろえる。
なぜそうするのかと聞かれると、うまく答えられません。長年の習慣なので、理由は自分でも忘れてしまっています。だから、パートナーや子どもに「こうしてほしい」と伝えられません。伝えないので、相手は自分のやり方でやります。
ところが、そのルールを破られると、強烈な違和感があります。思わず「なんでそうするの?」と口から出てしまう。理由を説明できないルールは、引き継げません。それなのに、守られないと気持ちが悪い。
職場でも、同じことが起きています。ある日、退職した会社の同僚から電話がかかってきました。
「開発用のPCが開けなくて。パスワードを知っているの、あなたしかいないんです」
パスワードを書いた紙を保管しておいたはずが、なくなっていたそうです。在籍中は、自分が覚えていれば困ることはありませんでした。聞かれたら答えればいい。その「聞かれたら答える」が、辞めたあとまで続いていたのです。
これは極端な例ですが、もっと日常的な形でも起きています。
「この処理、なぜこの順番なんですか?」
「前任者に聞いて」
異動した前任者に聞くと、返事は3日後。しかも「たしか……昔、何かあったんだと思う」。
なぜ起きるのか ― バグの構造
知識が、一人の頭の中に閉じている
システムの世界では、そこが止まると全体が止まる箇所を「単一障害点(SPOF)」と呼びます。「前任者に聞いて」が口ぐせの職場では、人がSPOFになっています。その人が休む、異動する、辞める。それだけで業務が止まります。
パスワードの紙は、SPOFを避けるためのバックアップでした。しかし紙1枚というバックアップもまた、なくなれば終わりの単一障害点だったのです。
なぜ引き継げないのか ― 仕事のマイルール
引継ぎ書がないわけではありません。手順は書いてあります。足りないのは、「なぜそうしているのか」です。
仕事にもマイルールがあります。過去のトラブルを避けるために始めた確認や、特定の取引先に合わせた例外処理です。始めた当初は理由がはっきりしていたのに、毎日繰り返すうちに習慣になり、理由は本人の頭からも抜け落ちていきます。
本人も理由を忘れているので、引継ぎ書には手順しか書けません。コードでいえば、動いてはいるけれど、なぜそう書いたのか誰にもわからないレガシーコードです。
そして後任が「この確認、要らなくないですか」と省いた途端、前任者は強烈な違和感を覚えます。「それはやらないとダメ」。でも、なぜダメなのかは説明できません。理由がわからない手順では、例外が起きたときに誰も判断できません。だから結局、「前任者に聞いて」に戻ってくるのです。
なぜ放置されるのか
前任者がいるあいだは、聞けば済みます。問題が表に出ないので、誰も直そうとしません。障害が見えるのは、人がいなくなったときです。そして、そのときにはもう聞ける人がいません。
では、人に依存しない引継ぎは、どう設計すればいいのでしょうか? 本人も忘れたマイルールを、どうすれば引き継げる形にできるのでしょうか?
まず試せる一手:手順ではなく「判断の記録」を残す
引継ぎ書には手順は書かれていても、「なぜこの手順になったのか」「ほかに何を検討して、なぜやめたのか」はほとんど残りません。後任が困るのは、まさにその部分です。前任者には、こう頼みます。
「この手順になった理由と、やめた選択肢を、1行ずつ書いてください」
システム開発では、設計の判断とその理由を記録に残します(ADR:設計判断の記録)。後から見た人が「なぜこうなっているのか」をたどれるようにするためです。
理由を思い出せない手順には「理由不明」と書いておきます。それ自体が、後任が見直してよい候補を示す情報になります。
ここまでが、最初の一手です。この一手を習慣にして、同じバグを繰り返さない仕組みにするための残りの手順は、noteで公開しています。
残りの解決策(How)はnoteで公開中
ここから先の具体的な解決策・コマンドは、noteの記事で公開しています。
このテーマを深めるおすすめの本
『知識創造企業』(野中郁次郎・竹内弘高)
個人の頭の中にある「暗黙知」を、組織で共有できる「形式知」に変えていく考え方の古典。本人も理由を忘れたマイルールを、引き継げる形にするヒントになる一冊。
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あわせて読みたい:「会議で決まったよね?」決定事項が誰のタスクにもならないバグ
※本記事は、noteで公開した「「前任者に聞いて」で仕事が止まるバグ。マイルールは、なぜ引き継げないのか」の無料部分をブログ向けに再構成したものです。


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