(1)意義
行政処分とは行政庁が一方的な行為により国民の権利義務に具体的な変動を生じさせる行為です。
一方、行政指導とは、簡単に言えば、行政庁が何らかの目的を達成するために、国民に対して指導や勧告、あるいは助言といった形で働きかけ、自発的に行政の望む状態を実現させる行為と言えます。
つまり、行政指導は、行政機関が国民の自発的な協力を求めて行う非権力的な事実行為であり、行政処分とは異なり、法的な強制力はありません。
しかし、現実には事実上の強制力を持つことも多く、これが行政指導の問題点と考えられています。
行政指導は、行政活動のあらゆる領域で多用される手法です。
行政の目的を達するためには、行政処分によるのが原則と言えますが、いきなり行政処分というハードな方法によるよりも、まず行政指導というソフトな方法で穏便にことを済ませる方が望ましく、また行政指導には必ずしも法の根拠を要しないことから、法の不備を補い、行政需要に柔軟に対応できるというメリットがあるからです。
一方で法に根拠のない行政指導が多用されるとなると、「法律による行政の原理」との衝突を生じ、国民の自由や権利が不当に侵害されることにもなりかねません。
そこでその間のバランスをどのように図るかが難しい課題となります。
(2)行政指導の法律上の定義とその種類
①行政手続法上の定義
行政手続法は、行政指導について、「行政機関がその任務または所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為または不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為出会って処分に該当しない本をいう」と定義しています。
②種類
行政指導は、その機能面に着目すると、規制的指導、調整的指導、助成的指導の三つに分類することができます。
(ⅰ)規制的行政指導
これは、経済政策や公害対策その他一定の政策目的を実現するために、国民の自由な活動を規制する行政指導です。法律違反の状況がある場合に、行政処分を行う前に違反状況の改善を求めるのもこの類型の行政指導に含まれます。
(ⅱ)調整的行政指導
私人間の紛争を解決し、またはその予防のために行われる行政指導です。建築主と近隣住民との間の日照や通風をめぐるトラブルの調整が典型例です。
(ⅲ)助成的行政指導
国民に対して情報やサービスを提供することを目的とする行政指導です。
この類型の行政指導は、もっぱら国民の利益になるものですから、あまり問題は生じません。
(3)行政指導の問題点
①行政指導に関する判例
行政指導に関する規制は行政手続法に取り入れられました。そこでは、行政上の規制とともに行政指導のあり方や内容に関する規制も設けられています。
この実体的規制は、それまでに行政指導について出された多くの判例を下敷きにしています。
(ⅰ)要綱に基づく建築確認の留保
最高裁の判例は「建築主に対し、当該建築物の建築計画につき一定の譲歩・協力を求める行政指導を行い、建築主が任意にこれに応じているものと認められる場合においては、社会通念上合理的と認められる期間建築主事が申請に係る建築計画に対する確認処分を留保し、行政指導の結果に期待することがあったとしても、これを持って直ちに違法な措置であるとまでは言えない」という前提を示しつつ、しかし「建築主において自己の申請に対する確認処分を留保されたままでの行政指導には応じられないとの意思を明確に表明している場合には、行政指導が行われているとの理由だけで確認処分を留保することは違法である」と判断しています。
(ⅱ)負担金支払いの拒否
最高裁の判例は「事業主が要綱に従わない意思を明確に表明している場合における給水契約の締結拒否は、正当な理由なしに給水契約を拒むことを禁じる水道法15条1項に違反する」と判断しています。
(ⅲ)負担金の支払いを理由とする損害賠償請求
マンション業者Cが、M市の要綱に従い、実際に一定額の教育施設負担金を納付しました。しかし、それはM市職員の「教育施設負担金を支払わない限り、給水契約を締結することはできない」との一種の強迫的言辞によるものであることを理由として、M市に対し国家賠償を請求しました。判例は過去に同様の事案で拒否したことなどを考慮して損害賠償請求を認めています。
②行政手続法上の規制
以上のような判例の流れを背景に、行政手続法は、行政指導に関して次のような規制を設けてその適性を図っています。
(ⅰ)一般原則
行政指導に携わる者は卑しくも当該行政機関の任務または所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の強力によってのみ実現されるものであることに留意しなければなりません。
この規定は、行政指導の性質から導かれる当然の原則を確認したものと言えるでしょう。
行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として不利益な取り扱いをしてはなりません。
相手方が行政指導に従わない事実を公表することは、個別の法令にそのような措置を執ることができる旨の定めがあるときは、本条項違反とはなりません。しかし、それによって相手方の信用にダメージを与え経済的損失を生じさせるような場合には、「不利益な取り扱い」にあたる可能性があります。
(ⅱ)申請に関連する行政指導
申請の取り下げまたは内容の変更を求める行政指導にあっては、行政指導に携わる者は申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明したにもかかわらず当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはなりません。
(ⅲ)許認可等の権限に関連する行政指導
許認可等をする権限または許認可等に基づく処分をする権限を有する行政機関が、当該権限を行使することができない場合または行使する意思がない場合においてする行政指導にあたっては、行政指導に携わる者は、当該権限を行使し得る旨をさらに示すことにより相手方に当該権限に従うことを余儀なくさせるようなことをしてはなりません。
行政指導に携わる者は、当該行政指導をする際に、行政機関が許認可等をする権限または許認可等に基づく処分をする権限を行使し得る旨を示すときは、その相手方に対して、当該許認可権限を行使し得るこんkほじょうこうや要件さらに当該権限の行使が許認可等の要件に適合する理由を示さなければなりません。これにより、ハッタリの行政指導は無くなります。
(ⅳ)行政指導の中止等の求め
法令に違反する行為の是正を求める行政指導の相手方は、当該行政指導が当該法律に規定する要件に適合しないと思料するときは、当該行政指導をした行政機関に対し、その旨を申し立て、当該行政指導の中止その他必要な措置をとることを求めることができます。
この申し出を受けた行政機関は、必要な調査を行い、当該行政指導が当該法律に規定する要件に適合しないと認めることきは、当該行政指導の中止その他必要な措置を取らなければなりません。
不適切と思われる行政指導が執拗に行われ、しかもその結果が公表されたりすると、その相手方である企業者等のイメージダウンとなりかねません。
上記の制度はそのような弊害を防止するために、相手方からの対抗手段を認めたものと言えるでしょう。
(ⅴ)処分等の求め
何人も、法令に違反する事実がある場合において、その是正のためにされるべき処分または行政指導がされていないと思料するときは、当該処分または行政指導をする権限を有する行政庁または行政機関に対し、その旨を申し出て当該処分または行政指導をすることを求めることができます。
この申し出を受けた行政庁または行政機関は、必要な調査を行い、その結果に基づき必要があると認めるときに、当該処分または行政指導をしなければなりません。
これは(ⅳ)とは逆方向からの規定です。
郊外や薬害等の発生またはその恐れがあるような場合に、直接的な被害を被る者でなくても、事業者党への処分や行政指導をしてくれとの申し出をすることができ、行政庁等にその対応を義務付けるものです。
③違法や行政指導に対する救済
違法な行政指導を受けた私人は、上記のように当該行政指導の中止等を求めることができますが、取消訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為」に該当しません。
したがって原則として、それに対して取消訴訟を提起することはできません。
しかし、一般論としては、行政指導は取消訴訟の対象とならないとしても、ごく最近の判例には、行政指導が取消訴訟の対象となるとしたものがあります。
(ⅱ)国家賠償を請求できるか
行政指導がその限界を超えたときは、違法な公権力の行使隣、それによって生じた損害について国家賠償法に基づき損害賠償を請求することができます。
(4)行政指導に関する手続規定
①行政指導の方式
行政指導に携わる者は、その相手方に対して、その行政指導の趣旨、内容、責任者を明確に示すことが義務付けられています。
②書面の交付
行政指導が口頭でなされた場合において、その相手方からその行政指導の趣旨、内容、責任者及びその根拠法令の条項・要件・その要件に適合する理由等を記載した書面の交付を求められたときは、当該行政指導に携わる者は、行政上特別の支障がない限り、これを交付しなければなりません。
ただし、相手方に対してその場において完了する行為を求める場合や、すでに文書または電磁的記録により、その相手方に通知されている事項と同一の内容を求める場合は、書面の交付は必要ありません。
③複数の者を対象とする行政指導
同一の行政目的を実現するため一定の条件に該当する複数の者に対し行政指導をしようとするときは、行政機関は、あらかじめ事案に応じ、行政指導指針を定め、かつ、行政上特別の支障がない限り、これを公表しなければなりません。