(1)行政上の強制執行
国民が、すでに法令または行政行為により一定の義務を課せられている場合にその義務を自ら履行しようとしないとき、行政庁が実力によってその義務の履行を強制し、その義務の履行があったのと同様の結果を実現する手段が認められています。
これを行政上の強制執行といます。
これには、行政代執行、強制徴収、直接強制、執行罰の4つがあります。
①代執行
代執行とは、行政上の代替的作為義務を義務者が任意に履行しない場合に、行政庁が、自ら義務者の行う駅行為を行い、または第三者にそれを行わせ、その費用を義務者から徴収することです。
代執行については、行政代執行法が一般法として存在し、個別の法律に特別の定めがなければ、同法所定の次のような要件・手続きを経て行われます。
(ⅰ)代執行の要件(行政代執行法2条)
(イ)法律または法律の委任に基づく命令、規則及び条例により直接命ぜられ、または行政行為によって命ぜられた代替的作為義務の不履行があること
(ロ)他の手段によってその履行を確保することが困難であり、かつその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められること
(ⅱ)代執行の手続き
(イ)まず、行政庁のsだめた期限までに義務が履行されない場合には、代執行をなす旨をあらかじめ文書で戒告します。
(ロ)義務者が戒告による指定の期限内に義務を履行しない時は、代執行令書をもって義務者に通知します。これが「最後通牒」となるわけです。ただし、非常の場合、または危険切迫の場合は戒告・通知を省略することができます。
(ハ)期限内に義務の履行がない場合、代執行が実施されます。この場合、執行責任者は、執行責任者であることを示す証票を携帯し、要求がある時は、いつでもこれを提示しなければなりません。
(ニ)代執行に要した費用の徴収については、実際に要した費用の額、納期日を定め、義務者に対し、文書を持ってその納付を命じます。義務者が納付しない時は、②で説明する国税滞納処分の例により、義務者から強制徴収することができます。徴収した費用は、国庫または公共団体の収入となります。
②強制徴収
強制徴収とは、行政上の金銭給付義務を義務者が履行しようとしない場合に、行政庁が自ら強制的に徴収し、義務が履行されたのと同一の結果を直接に実現する作用です。行政上の強制徴収は、国民の財産を実力行使によって奪うものですから、必ず法的根拠を必要とし、またその手続きも厳格です。
租税債権の強制徴収手続は、滞納処分と呼ばれます。滞納処分は、納税義務を履行しようとしない滞納者に対して、まず督促状を送付し、それでも納付されない時に滞納者の財産の差し押さえを行い、その財産を換価し配当するという流れで行われます。
滞納処分の手続きを定めた国税徴収法の規定は、地方税法、国民健康保険法、その他の個別の法律で準用されている場合が多く、これによって国や公共団体の金銭債権の強制徴収が可能となっています。国民の側から見れば、所得税や住民税、国民健康保険の保険料を滞納したりすると、銀行預金などを差し押さえられ、そこから強制的に取り立てられることもあるわけです。
③直接強制
直接強制とは、行政上の義務を義務者が履行しない場合に、行政庁が、義務者の身体または財産に実力を加えて、義務の履行があったのと同一の状態を実現する作用です。代執行及び強制徴収も財産に実力を加える作用ですが、ここでの直接強制は、これらを除いたものです。
また、直接強制は、国民の身体または財産に実力を加えて、その目的を実現するということから、即時強制と似ていますが、即時強制は義務の不履行を前提としないが、直接強制は義務の不履行を前提とするという点で異なっています。
直接強制は、最も効率的に行政目的を実現することができますが、基本的人権の侵害を引き起こす危険性が高く、現在は極めて限られた範囲で認められているに過ぎません。
④執行罰
執行罰とは、行政上の義務を義務者が履行しない場合に、行政庁が一定期限を示し、その期限内に義務が履行されない時は、一定の過料を科する旨を義務者に予告し、その予告によって義務者に心理的圧迫を加えて間接的に義務の履行を強制する作用です。執行罰は「罰」という言葉が用いられていますが、それは義務違反に対するペナルティではなく、間接強制という強制執行の方法ですから、義務の履行があるまで反復して科することができます。また、執行罰は処罰としての性質を有するものではないため、過去の義務違反に対する制裁としての行政刑罰と併科しても二重処罰の禁止規定に違反することはありません。

(2)行政上の義務違反に対する制裁
行政上の義務違反に対する制裁として、行政罰の制度が用意されています。この制度はまた、制裁の威嚇行為によって間接的に義務の履行を確保する手段であるとも言えます。行政罰には、行政刑罰と行政上の秩序罰の二つの種類があります。
①行政刑罰
行政罰は、行政上の義務違反に対して、刑法に刑名の定めがある刑罰を科するものです。行政法規違反行為に対して科せられる刑罰の種類としては、懲役、禁錮、罰金、拘留、科料の五つがあります。
行政刑罰は、刑法が定める刑罰ですから、法令に特別の定めがない限り、刑法総則の規定が適用され、刑事訴訟法の定める手続きにより科されることになります。つまり、行政庁などの告発を受けて検察官が起訴し、裁判所の判決により刑罰が科されるわけです。行政刑罰には、いわゆる両罰規定が設けられている例が多く見られます。
②行政上の秩序罰
行政上の秩序罰とは、形式的で軽微な行政上の義務違反に対して科される過料のことです。一定事項の届出義務を怠ったような場合にその例が多く見られます。
過料は刑罰ではないので、刑法総則及び刑事事件訴訟法の適用はありません。法令に基づく過料は、非訟事件手続法の定めるところにより、地方裁判所によって科されます。地方公共団体の条例や規則に違反した場合には、当該地方公共団体の長が地方自治法の定めに基づき行政処分として科し、納付されない時は、地方税の滞納処分により強制徴収されることになっています。