行政庁が具体的な事件について、法を適用し行政行為を行う際には、行政庁に一定の判断・選択の余地が認められることがあります。この判断の余地のことを裁量といいます。
「法律による行政」の原理からすると、行政庁が法を適用する際には、その判断の余地をなるべく少なくしておくことが望ましいのは言うまでもありません。しかし、すべての場合を想定して法律で事細かに規定することは不可能です。また、専門的技術的判断の要求される分野においては、法律で画一的に規制するよりも、行政庁の柔軟な弾力的判断に任せるほうが適切な場合も多いでしょう。
そのようなことから、法律を適用・執行する具体的場面においては、法律が一義的に明確な定めをしている場合を除いて、ある程度行政庁の裁量が認められます。
(1)覊束行為と裁量行為
法律が、一定事項について一義的に明確な定めをしている場合を覊束行為といいます。先に述べたように、この場合は行政庁の裁量の余地はなく、それに反する行為は直ちに違法となります。
例えば、「定められた事由に該当する場合、取り消し処分をしなければならない」という場合、
換言すれば「定められた事由に該当しない場合、取り消し処分をしてはならない」となる場合が覊束行為です。
対偶ではなく、裏の関係になっていることが一義的な定めのポイントです。(そもそも対偶は同義ですしね。)
一方、裁量行為とは、行政庁の裁量に委ねられた行為であり、その限界を超えない限り、すなわち裁量の逸脱・濫用があるとき以外は違法の問題を生じることhあなく、大番所から違法であるとの判断が下されることはありません。
(2)要件裁量と降下裁量
行政庁が行政行為を行うプロセスのどの場面で裁量が認められるのかを把握しておきましょう。
①要件裁量
公が事業者に対し業務停止命令を下す場合、「著しく不当な行為」をしたことの認定をする必要があります。
どのような行為が「著しく不当」といえるのかは、条文上は具体的に明示されていない場合があるので、事業者がどのような行為を行ったかを確定(事実認定)したうえで、それが「著しく不当」という法律の規定する要件に当たるのかどうかを判断することになります。
つまり、公には事業者の行為が業務停止処分の要件に該当する不当な行為があったかどうかを認定する段階で判断の余地があります。これを要件裁量といいます。
②効果裁量
次に、事業者の行為を「著しく不当」と認定した場合、公は業務停止処分をするかどうかを決定する必要があります。
さらに、業務停止処分をすることを決定した場合、どの程度の処分をするのかについて判断の余地が認められます。
「するかどうか」の裁量を決定裁量
「どの程度の処分をするか」の裁量を選択裁量
といい、この両者を合わせて効果裁量といいます。
(3)裁量の限界
①覊束裁量と自由裁量
裁量が認められる行為については、裁量の限界が問題となります。すなわち、行政行為を行うに際して行政庁に裁量権が認められるといっても、それは行政庁の独擅場ではなく、そこには一定の限界があり、裁判所の司法審査の及ぶものと及ばないものとがあると考えられているからです。
つまり、行政庁の裁量の範囲内の行為については違法の問題が生じませんかrあ、裁判所の司法審査の対象となりませんが、行政庁の裁量の限界を超える行為は違法となり、裁判所の司法審査の対象となるわけです。
それはどのような基準によって区別されるのでしょうか。
この点についての従来からの伝統的な考え方は、裁量行為を覊束裁量(法規裁量)と自由裁量(便宜裁量)に区別し、前者に対しては違法の問題が生じうるから裁判所の司法審査が及ぶが、後者に対しては最良の範囲内における当不当の問題が生じるだけであって、裁判所の司法審査の対象とならないとしてきました。
そして、自由裁量を要件裁量の部分に認めるか、効果裁量の部分に認めるかという議論がなされてきました。
しかし、行政が複雑多様化するに至り、裁量が要件にあるか効果にあるかという思考方法自体が、あまり適切性・説得性を持たなくなっています。
さらに覊束裁量と自由裁量の区別を論じるよりも、どういう場合に裁量権の逸脱・濫用となるかに問題関心が移行している状況です。
つまり、従来の考え方では司法審査が及ばないとされてきた自由裁量行為であっても、その裁量権の逸脱・濫用があった時は、違法な行政行為として司法審査が及ぶことになります。
そこで次に、行政行為の適法・違法に関する裁判所の司法審査がどのように行われるのかを見ていきましょう。
②裁判所による行政行為の審査
(ⅰ)実体的観点からの審査
(イ)事実認定の審査
裁判所が、行政行為の適法・違法を審査するに際しては、まず、処分の基礎となった事実の認定や法律の解釈・適用に誤りがないかどうか、といった観点から審査することになります。
この事実認定および法律の解釈適用の場面では、行政庁の行為は全面的に裁判所の審査の対象となります。誤った事実認定に基づきなされた処分は違法の評価を免れません。
覊束行為の適法・違法を判断する場面では、裁判所は、自ら事実認定をしたうえ、これに法律を適用して結論を示すという手法(判断代置方式)によって審査することになります。
(ロ)裁量行為の比例原則・平等原則・目的違反等からの審査
一方、行政機関の裁量の認められる場面については、なされた処分の結果に着目し、その処分をするに際して裁量権の逸脱・濫用があったかどうかという観点から審査されることになります。
裁量権の逸脱とは、行政庁が認められた裁量権の範囲の限界を超えて行政行為をした場合です。裁量権の行使は、比例原則や平等原則といった法原理の枠内で適正に行われなければなりません。
例えば、軽微な不正行為に対して不相当に過大な処分をするなど、当該行政行為が法の目的を達するために適正でないとき(比例原則違反)や、いわれなく特定の私人を差別的に取り扱ったような場合(平等原則違反)にはそのような裁量の行使は裁量権の限界を逸脱するものとして違法となります。
裁量権の濫用とは、裁量権を授与した法律の目的に適合していないような場合です。すなわち、裁量権の行使は、これを認めている法律の趣旨・目的に沿って行われるべきであり、法律の目的とするところと異なった目的で裁量権を行使することはできません(目的違反)。なお、現実の事案では、裁量の「逸脱」または「濫用」のいずれにあたるのか、明確に区別することが困難な場合もあります。
従って、このいずれにあたるかを厳格に区別する必要はなく、裁量権の行使が違法になる場合を一括して「逸脱・濫用」にあたると理解しておけば足ります。
(ハ)判断過程からの審査
上記の審査hあ、裁量判断の結果に着目するものですが、判例の中には、その結果に至る判断過程の合理性について審査し、違法の判断を導いたケースがいくつかみられます。これらの判例は、処分に至る裁量判断の過程で、考慮すべき事実を考慮せず、または考慮すべきでない事実を課題に評価したうえで結論を出しているような場合には、裁量判断の過程に誤りがあり、違法となると解しています。
(ⅱ)手続的観点からの審査
行政行為を行うに際し、法律が一定の手続きを要求している場合に、その手続きが適正に行われたかどうか、という観点からも行政行為の適法・違法の判断がなされます。
例えば、行政手続法は、不利益処分をするに際して当該不利益処分の理由を示すことを要求していますが、特に急を要する場合でないのにその理由の提示を怠り、あるいは提示された理由に不備があるような場合には、裁量権の逸脱・濫用があったものとして当該処分は違法となります。
行政行為の意義・特質、種類、裁量、附款 ④行政行為と裁量
- 公開日:
- タグ